組織移植を用いた乳房再建
乳癌治療の際に切除されて欠損した部位に合わせて、からだの別の部位から組織を移植することによって乳房を再建する治療法です。
血流がある状態でボリュームを持ったかたまりとして組織を移植するために、血管走行の知識や、組織移植のテクニックなど、高いスキルを要求される手術であるため、原則として総合病院や大学病院などの形成外科でおこなわれます。

組織移植の種類
乳房全摘術などにより、乳房の大部分が欠損すると、移植する組織もそれに応じて大きなボリュームが必要になります。
脂肪吸引した脂肪細胞を注入する「脂肪注入術」では、現時点では増大できるボリュームに制限があります。そのため、大きな組織を移植するためには、組織が生きていくために必要な栄養素や酸素を運ぶ血液が流れる状態で移植する必要があります。
血液が流れる状態、すなわち血行を維持した状態での体表の組織の移植を、専門用語で「皮弁移植」と呼びます。
皮弁移植には、次の3つの形態があります。

局所皮弁移植:欠損部に隣接している組織を、皮膚の連続性を切って移動できるようにして移植する方法
有茎皮弁移植:血流がある状態で組織を切り離すことなく、血管やその周囲の組織を茎状にして、それを支点に組織を移動させる方法
遊離皮弁移植:欠損部から離れた部位の組織を、血管がついた状態で完全に切り離し、欠損部周囲の血管(動脈と静脈)に、手術用顕微鏡を用いて血管吻合して血流を再開することにより欠損部に移植する方法。

乳房再建で用いられる方法は主に「有茎皮弁移植」と「遊離皮弁移植」が主流です。
移植のために用いる部位には様々な報告がありますが。ここでは、安全性が高く利点が多いために一般的によく用いられる「背部の脂肪を移植する方法」と、「腹部の脂肪を移植する方法」を解説します。

背部の脂肪を移植する方法
「広背筋皮弁移植」は有茎皮弁移植の一種で、背中の皮膚、脂肪、筋肉の一部に血管をつけた状態で乳房に移植する方法です。
血管を切り離さないため、移植の安全性は一般的には高い方法ですが、背中には腹部ほどの多くの脂肪がないため、再建する乳房のボリュームが比較的小さい場合に適しています。また、腹部の手術を受けた既往がある人や、将来、妊娠・出産を予定している人も安心して受けれる治療法です。
採取する脂肪の範囲を通常よりも広範囲にする「拡大広背筋皮弁移植」や、広背筋皮弁移植時に同時に脂肪注入をおこなって増量する方法なども報告されていますが、この方法でもっとも問題になるのは、「じゅうぶんなボリュームを移植できるか」という点です。一般的には、比較的大きな乳房の、全摘術後の再建にはボリュームが不足することがあります。また、皮弁に含まれる筋肉(広背筋)は、移植後には収縮しないか極端に弱くなるので、萎縮してボリュームがますます減少します。
部分切除術、乳房温存術後の乳房再建にはしばしばおこなわれる治療法です。

腹部の脂肪を移植する方法
腹部はほとんどの方がもっとも脂肪を蓄えている部位であるため、大きなボリュームの乳房の再建や、乳房全摘術後の再建に対して、腹部の脂肪を移植する方法がもっとも一般的です。
腹部の脂肪を用いる最大の利点は、じゅうぶんなボリュームの脂肪が採取しやすいことです。いっぽうで、腹部を横断する横向きの傷あとが残ります。
腹部の脂肪を移植する方法には、血管を切り離さない「有茎皮弁移植」と、いったん切り離した後に乳房の近くに流れる血管に吻合して移植する「遊離皮弁移植」の方法があります。

1) 有茎腹直筋皮弁移植
腹部の筋肉(腹直筋)と皮下脂肪、皮膚を有茎皮弁移植する治療法です。
腹直筋の上側をつけたまま、皮膚の下をトンネル状に通して腹直筋、皮下脂肪、皮膚を乳房に移植します。これらの組織は、腹直筋の中を、上から下向きに流れる「上腹壁動静脈」という血管によって血流が維持されます。
しかし、実は、通常の状態では腹部のこれらの組織は下から上向きに流れる「下腹壁動静脈」という血管によって、より多くの血流が提供されています。有茎腹直筋皮弁移植は、血流が少ない上腹壁動静脈に頼る方法であるため、組織の一部の血流が悪くなったり、場合によっては硬くなってしまったり壊死してしまうことがありえます。
そのため、有茎腹直筋皮弁移植手術に先立って下腹壁動静脈の流れだけをせき止めて上腹壁動静脈の流れを増加させる方法(遷延皮弁法)や、血管吻合を追加して血流を増やす方法(スーパーチャージ法)などの工夫も報告されています。
有茎腹直筋皮弁移植では、左右ひとつずつある腹直筋の一方を移植のために犠牲にするため、腹壁ヘルニア(筋肉欠損部から腸管が外側に押し出されてくる状態)や、腹壁弛緩(腹直筋の緊張が減少して常に腹部がたるみ、膨らんでいる状態)にならないように、腹部の補強もおこなう必要があります。

2) 遊離腹直筋皮弁移植
腹部の皮下脂肪、皮膚を遊離皮弁移植する治療法です。
腹部の皮下脂肪、皮膚を、下腹壁動静脈により血液が流れる状態を保ちながら、いったんこれらの血管を切り離します。手術用顕微鏡を用いて、乳房周囲を流れる動脈と静脈にそれぞれ血管吻合をおこない、血流を再開させます。乳房周囲の吻合血管としては、胸の内側を流れる内胸動静脈や、外側を流れる胸背動静脈が一般的です。
遊離腹直筋皮弁移植では、腹直筋を移植する組織に含めずに、お腹に残すことができます。筋肉を残す程度によって、「筋体温存遊離腹直筋皮弁移植(Muscle-sparing TRAM flap; MS-TRAM flap)」や「深下腹壁動脈穿通枝皮弁移植(DIEP flap)」などと呼ばれます。
遊離腹直筋皮弁移植法は、血流の豊富な下腹壁動静脈を用いる方法であるため、大きなボリュームの脂肪に血流を送りやすい特徴があります。また、より血流をよくするために、血管吻合を追加する方法(スーパーチャージ法、皮弁内血管吻合付加法など)の工夫も報告されています。

最適な移植組織のコーディネートが重要
組織移植による方法は、それぞれに固有の特徴があり、どの方法が適しているかには、下記のようなさまざまな項目を総合的に評価する必要があります。

手術法決定に関係する要因
・ 体格
・ 再建する乳房の大きさ、かたち
・ 移植組織の血管の走行や状態
・ 血管吻合する血管の走行、状態や放射線照射の影響
・ 肥満、糖尿病、喫煙歴などの全身的要素
・ 腹部手術の既往や、外傷の既往
・ 将来の妊娠出産の希望
・ 片側の乳癌の再建か、両側の乳癌の再建か
・ 乳癌再発や反対側の乳癌を将来発生するリスク
・ 治療を受ける方のライフスタイル(職業、趣味やスポーツなど)

すでに解説した背中や腹部の組織を移植する方法以外に、これらの組織を移植できない場合に他の部位(太ももや殿部)から皮弁を採取する方法もあります。それらの組織移植の特徴を理解して、適切に治療法をコーディネートするには、高い専門知識を必要とするため、乳房再建をおこなう形成外科主治医としっかりと相談することが重要です。